ども!心理占術師のみむです🌟
つれづれなるままにいきまっせ
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ありがたいことに毎年
「生誕やらないの?」
「今年こそやってよ」
と言ってもらいます。
ちなみに私の誕生日は8月22日
そして今年も今のところ何もありません。笑
人前に立つ活動を始めて
なんやかんや20年くらい。
なのに
「私の誕生日だから集合!!!!」
にはどうにも心が動かない。
祝われるのがあんまり得意じゃない
というところまでは
自分でも分かってたんですけど
全然違うことを考えていた時に
「あ、だからか」
が見つかりました。
今日はそんな話です。
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私は昔から
「人を惹きつけるよね」
「ファン化が上手い」
「スター性があるよね」
と言ってもらうことがあります。
「中心にいないと気が済まない人やろうね」
とかいう悪口も含めて。笑
もちろん褒めてもらえるのは嬉しいし
ありがたい。
でも「スター性」という言葉には
ずっと微妙な違和感がありました。
人前には立つ
歌う
配信もする
文章も書く
モノによっては仕事でもあるので
告知もする
だから外から見れば
そう見えるのも分かる
でも
「私を見て」
が活動の真ん中にあるかと言われると
どうもしっくりこない。
じゃあ私は
何がしたくて
20年も人前に立ってるんやろ。
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少し前から
表現者を見ていて感じる
ある違和感について考えていました。
たとえば
「歌が好き」
という言葉。
同じように
「歌が好き」と言っていても
「この歌を届けたい」
が伝わってくる人と
「歌っている私を見て」
が先に伝わってくる人がいる。
歌が上手いとか下手とか
そういう話ではありません。
むしろ
めちゃくちゃ上手くても感じる時がある。
これ
なんなんやろなぁって。
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誤解されたくないので
先に書いておくと
私は
自我の強い表現が苦手なわけではないです
むしろ好き
作った人の
癖も
思想も
感情も
人生も
バッチバチに作品に乗って
「こんなんこの人にしか作れんやろ」
ってなってるもの
めちゃくちゃ好きです
歌だって
曲を大切にして
自分なりに向き合った結果
歌っている本人の存在感が
めちゃくちゃ強くなることがある
それは
全然嫌じゃない
むしろ
表現ってそういうもんやと思ってる
じゃあ
何に違和感があったのか
多分
本人が作品に“出ている”のか
それとも
作品を使って本人が“出ようとしている”のか。
ここなんですよね。
似てるようで
私の中では全然違う。
作品と向き合った結果
その人自身が溢れ出てくるのと
自分を見てもらうための
舞台装置として
作品が置かれているように見えるのとでは
同じ「自己表現」でも
私には別のものに見える
承認されたい気持ちがあること自体は
別に悪いと思わない。
ただ私は
作品から本人が見えることには惹かれるけど
本人を見せるために作品が使われているように感じると
ちょっと離れたくなるらしい。
というか 適度に距離を置く。分かり合えないからきっとw
表現者そのものへの興味より先に
作品とか創作物そのものにめちゃくちゃ惹かれる人間なんやとおもう
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ここまで考えたところで
今まで自分でもよく分からなかったことに
一気に説明がつきました。
最近重い腰を上げてオフ会をやったんですけど
私が嬉しかったのって
みんなが
私を見てくれてる瞬間じゃなくて
みんなが勝手に楽しんでる瞬間
だったんですよね。
ライブも同じ。
「私を見に来て」
というより
「一緒にこの空間作ろうぜ」
の方が圧倒的に近い
よう言うててん。ライブの告知で
「この日はこの会場を、地球上でいっちゃん熱い場所にしよな!」
今思えばここにも全部出てたんやな。
私が一番熱くなりたいんじゃなくて
会場を一番熱くしたかった。
ここにつながるんよ。
その他にも
相方がめちゃくちゃ良い歌を歌ったら
普通に嬉しい
だってその日のステージがその分良くなるから
カバーした曲から原曲を好きになってくれたら
それも嬉しい
私のところで知り合った人たちが私そっちのけで
仲良くなっててもいい笑
私が一番目立ったかどうかより
そこにいる人たちが
「今日楽しかったな」
って帰ることの方が大事
ああ私が作りたかったの
こっちなんやなって。
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そう考えると以前に書いた
ファンを囲いたいと
あんまり思わないのも
他の人を好きになってもいいのも
しばらく来なくてもいいのも
全部説明がつく
好きなところ行って
好きなもの見て
また私が何か面白そうなことしてる時に
「なんかやってるやん」
って戻ってきてくれたら
それでええんよ。
私は多分
目的地になるより
「こっち、なんかおもろいぞ」
ってみんなの道中に、勝手に旗立ててる方が
性に合ってる。
未開の地に勝手に入っていって
「なんか見つけたぞ!!」
って持って帰ってくる人なw
それが
歌だったり
作品だったり
人だったり
考え方だったりする
そこに人が集まって
歌を知ったり
誰かと喋ったり
何かを好きになったりして
勝手に楽しんでる
私はその景色を見ていたい
まあここは欲かもしれんけどゆるしてw
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そう考えると
「ファン化が上手い」
と言ってもらえることにも
少しだけ自分なりの説明がついた気がします。
私は
ファンにしようとしてない
私だけを見てとも言わないし
ずっとここにいてとも言わない
その人の選択肢を残したまま、それでも
「ここ好きやな」
って戻ってきてもらえたら嬉しい
結果として、長くいてくれる人がいる。
それを外から見たら
「スター性」と呼ぶことも
あるのかもしれないけれど
でも私にとっては
スターになることが目的だったんじゃなくて
旗立ててわいわいやってきた結果、そこに人がいた
多分、その順番なんやと思う。
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で
ここまで考えて
ようやくタイトル回収です。
おっそ!!!!!!
そりゃ私
生誕祭やりたいと思わんやろwwww
「今日は私が主役です!」
「私を祝いに来てください!」
というイベントに
心が動かない理由が
やっと根底まで分かった。
生誕祭が嫌いなんじゃない
私自身をコンテンツの真ん中に置くことにあんまり興味がなかったらしい
逆に
「みむの誕生日を口実に
みむがみんなを楽しませる会」
だったら?
……それは
ちょっと楽しそうってなるw
場所だけ渡されたら
そこで何して遊ぼうかは
普通に考えたい。
まあ
企画するのも輪をかけて苦手なので
今年も普通の夏です。笑
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20年間
歌ったり
人前に立ったり
作品を作ったり
人を集めたりしてきて
ずっとバラバラに感じていたことが
今日
一本の線になりました。
そしたら偶然
空でも惑星が並んで見える時期らしい
もちろん
星が私に
気づかせたとは思ってません。
自分で歩いて
見て
考えてきたものが
今日たまたま
ひとつに繋がった。
その日に
空でも似たような景色がある。
これは余談でもあるけどさ
こういう偶然を見つけると



つまり、みむさんは熱気バサラは苦手ってことですね?